1.喪失 ◆戻
シオンは、花は好きだった。 艶やかで華やかに。 存在しているだけで誰もがの目を奪ってしまう。 ──まるで自分のようだ。 シオンは──天才だった。 魔法院にいた時、知識は一を聞けば十を知り、実技は半分寝ぼけていても使える。 習ったばかりの魔法を使って、教官が教えた内容を超えた効果を上げた時、シオンは自分が遠くない未来、クラインの魔導士の頂点に立つだろうと自覚した。 そして、つまらない、と思った。 国中でも有数な名門であるカイナス家の三男として生まれたシオンは、二人の兄と違い、家名と身分に恵まれながら家を背負う重荷に束縛されていない。そのくせ、将来仕事に就けなくても何一つ不自由ない一生が約束されている。 気ままに生きていることに飽きて、魔法の才能があるから試しに魔法院に入ってみたが、授業は簡単すぎて退屈以外の何物でもなかった。 学院には、頭がよくて話の合う奴も少しいるにはいたが、魔法のことになるとやはりシオンのほうがずっと強くて、張り合いがなかった。 才能と暇を持って余し、シオンが志願して軍に入ったのはつまりそういうことだった。 ……何でもできてしまうというのは、何かが欠けてしまっていることと同意である。 軍の中でもシオンは注目の焦点だった。強くて、勇敢で。 何人もの敵を切り裂いているうちに、笑うほど簡単に功績を上げた。 強くいられたのは失敗を知らなかったから。知らなかったから防ぐ術も持たなかった。勇敢というのは向こう見ずの無鉄砲さに過ぎなかった。 戦場の残酷さに麻痺し、血の匂いに酔ったシオンがやっとそのことに気付いた時は、すでに味方の血で両手を染めてしまった。 それはシオンの幼さだった。 捻くれていると自分自身が信じていながら、あの時のシオンは真っ直ぐで前向きで……甘かった。 上官を自分の過失で失い、必死で逃げ出したシオンは、あれから何を見ても見えるのは荒廃した野原と似ている。 それでもやはり花が好きだ。 ようやく戦争が終わって、崖の上から戦で荒れた景色を眺めながら、シオンは思った。 できれば、花のような人生に生きたい。 艶やかさと、華やかさ。 派手で鮮やかで。 誰もがの目を奪うくせに。 ──なにも残らない。 大事なのは、豊かさをもたらす実であり、命の基本である根や幹である。 色と彩で人の目を楽しませてくれても、所詮花は不要なものだ。 その無駄さが、特にいい。 そんなろくでもない人生こそ、自分に相応しい。 ──生き続けようと決めたその瞬間から、シオン・カイナスは花になろうと決めた。 学院時代からの友人であり、クラインの皇太子でもあるセイリオスが国外逃亡を図ろうとしたと聞いたのはそんな時だった。 よくできた王子として、クライン国民の憧れの的であるセイリオスは、皇太子でありながら、王と王妃の実子ではない。 ひょんなことでセイリオスの秘密を知ったシオンは、逃げ出すセイリオスの気持ちが手に取るようにわかっていた。王妃はつい最近亡くなり、王も病床についた。おそらく、セイリオスは王族の血を持たないにもかかわらず、王位を継ぐ立場にいる責任の重さに潰されそうになり、何もかも放り出そうとしただろう。 セイリオスは、あの時のシオンよりもさらに若かった。 その甘さに付け込んで、逃げ道の裏をかいたシオンは、難なくセイリオスの行方を掴まえた。 何があっても絶対味方であると信じていた親友の『裏切り』が信じられなくて、セイリオスは逃亡成功への道を塞ぐシオンの姿に茫然としていた。 死ぬか戻るかと迫ったシオンは、セイリオスに対してまったく同情を感じなかった。 シオンの本気に気付いて、セイリオスはあっさりと逃げることを諦めた。 セイリオスも、花だ。 いや、花となりえる蕾だった。 花になり損ねる蕾は、大事な養分が奪われるのを防ぐのに毟り取るしかない。 『王族ではないことを隠しながら王位に継ぐのはどんなことか、君なら分かってくれたと思ったのに。才能よりも血ばかりを重視しているこの国に、僕はどんなに傷ついたか…』 『なら、そのようにクラインを作り直せばいい。血よりも才能を重じる国に。それまでに、逃げられるとは思うな』 シオンは容赦なくセイリオスの図星を指し、止めを刺す。 血を流し続けるような痛みを胸に感じるのは、自分も同じで。 だが、決別に、痛みは付き物だった。 ──若くて純粋だったシオンはもう存在しない。 どうせ実を結べず花なら、花として生きるのが分際で。咲き散りながら、派手さで蜂と蝶を誘い、盾となって幹を守る。 冷たい目をしたシオンは自分に告げた。 ──その時まで、楽になれると思うな。
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