1.喪失
今年の初雪が奈落の地に舞い降りる。
優しく、綺麗に、しかし厳しい色を伴って地を覆っていく。雲の合間から漏れる陽が天よりの白を反射して幻想的な光彩を生む。

緩やかに、優しく、穏やかに。
何も変わらない日々を過ごす。
避けられない変化から目を逸らすように、ことさら日常を意識している。

「プラチナ様ー?」
珍しくも朝一人で起きたと思えば単身庭へと向かったらしく、外気に触れたとたん切るような寒さがあった。無意識にマントの前をあわせながら、石畳から地へと足を下ろす。
未だに地を踏みしめる事には違和感がある。酷く馴染んだ気もする。触れる場所からその大きさを知る。浸透していく。
僅かな湿り気を帯びた土の香りは仄かに苦く鼻腔を擽った。
ああ、なんて……

少し奥へと歩を進めれば、折り重なる梢から零れ落ちる淡い陽を横顔に受け、幹に寄りかかり、眠るように瞳を閉じている。
銀色の髪が煌いて、視覚を通して陽が身の内に満ちて行く。
どきりとぎくりと、それは同じところから生まれて緊張を形作った。
「プラ、」
「なんだ」
名を呼びかけて、思いの他しっかりとした声に遮られる。瞼の下の蒼が、射抜くようにジェイドへと向けられた。
重なり合う梢に守られ、根元に座り込んだまま、回り道を知らない瞳が見上げてくる。
「……珍しくご自分で起きたと思えば、何をなさってるんですか」
呆れたように吐いた嘆息と共に、気付かれないようゆっくりと緊張を吐き出した。
「今年の初雪だからな」
見に来た、と、まだ積もりもせず地面に落ちていく雪へと視線を移す。そうして土を払いながら立ち上がる。顔色は、少し青白い。
遙か先まで伸びるまだ長い影の先をジェイドは追った。
「……心配したか」
静かに響いた声に顔を上げると、再びプラチナの蒼はジェイドへと向けられている。
ジェイドは肩を竦めて笑った。
「今更でしょう」
「そうだな」
「言っても聞かないことは分かっていますからねー」
「……悪かったな」
拗ねたのか、プラチナは憮然と応えて城内へと歩き出す。それを追って、ジェイドはますます笑った。
見慣れた背中、マントの上で、結ってもいない銀の髪が揺れる。
髪を梳いて結うのはジェイドの役目だから、当然だ。
プラチナが自分で結ったことは一度もない。
「積もったら雪合戦でもしましょうか」
「いいのか……?」
「息抜きも必要ですよ」
伺うように問い返されたその意味を、わざと取り違えて答えて見せれば、振り返った肩越しの瞳が嬉しそうに雪を再び映す。名残を惜しむようにも。

今年の初雪が奈落の地に舞い降りる。
優しく、綺麗に、しかし厳しい色を伴って地を覆っていく。雲の合間から漏れる陽が天よりの白を反射して幻想的な光彩を生む。
舞い落ちる天使の羽根に似て。

緩やかに、優しく、穏やかに。
何も変わらない日々を過ごす。
避けられない変化から目を逸らすように、ことさら日常を意識している。

けれど、確実にプラチナは失われていく。
強い力と引き換えに脆い身体は、魔人としての寿命さえまっとうできるわけもなかった。
どれだけベリルが手を尽くしても、限界は近い。
この冬は越せないだろう、と彼の宣言は冷たく耳に残った。

残す者にも悔恨がある。
残される者の想いが大きい程。
好きも嫌いも愛も憎しみも、そういう意味では違いがない。

「……すまない」

小さな呟きは風に浚われたことにして、ジェイドは軽く笑った。
「でも、ともあれまずは朝食をいただいてからですからね」
銀の髪が、耳朶を掠めた風に煽られ、雪と共に舞い上がる。
再度言うつもりはないのか、答えは期待していないのか、そもそも聞かせるつもりは無かったのか、プラチナは繰り返すことはなく、ジェイドの言葉に相槌を打った。
「ああ。その前に髪を何とかしてくれ。面倒くさい」
「はいはい。相変わらずですねえ」
そんな言葉にしがみついているのは、誰より自分である自覚はあるけれど。

雪合戦をしよう、なんて言えばベリル以下部下達は皆反対するだろう。
今から懐柔策を練らなければならない。
罵られても、今更どうということもない。

雪の行き先を追って空を見上げる。
自分を地に縫い付けた相手はもうじきこの世界から失われる。
羽根以上の喪失感を伴って。
告げるつもりはない。
ジェイドがプラチナに与えるのは、軽い感情だけでいいのだ。
だから。


だから貴方はその寂しさに気付くことなく―――


End.


2005.01.13 颯城零

短命エンドなジェイプラ。
プラチナが何もかも承知だと良いと思います。