38.飴
「解散!」
訓練場に響き渡る号令と共に、片付けの当番以外、見習いたちは方々へと散っていく。仲の良い者達は寄り添って、この後の予定を語り合ったりもしていて俄かに騒がしい。
ガゼルもまた、同僚の親友を探して首を巡らせた。
色彩的にも、容姿的にも群を抜いて目立つ相手だ。探すのに苦労したことは無い。やはり探すまでもなく、結い上げた蜜色の髪が少し離れたところにあって、ガゼルはそちらへと足を向ける。

「ん、ん」
喉元に手を当てたシルフィスが、確かめるように喉を鳴らした。
最近良く見る光景だ。
「なんだぁ、風邪か?シルフィス」
「んー…そうなのかなあ」
声をかけると、自己管理がなっていない、そんな反省を含んでか、シルフィスは苦笑と共に首を傾げた。
性を持たない横顔は、他の見習い達とは一線を画している。
とはいえ、剣を握るシルフィスは、外見に似合わず苛烈だ。最近は模擬刀を握っていてすら、迷いの無さにこちらが気後れを感じる程に。自分に無い何かを得ている。それは少しガゼルには悔しい事実だ。
そんな指と同じとは思えない、繊細そうな白く細い指が喉に当てられている。
「だらしないなあ。飴やるから舐めとけよ」
視線を引き剥がす言い訳を自分に与えるように、殊更あっけらかんと言って、ズボンのポケットへと視線を落とす。手を突っ込めば飴を包んだ油紙がかさりと音を立てる。小さな小さな指を伝う音。
一個手のひらに包んで、それをシルフィスへと差し出した。
「ごめん、ありがとう」
友達相手に変な遠慮を見せる事は無い。素直に感謝を述べて、差し出された好意ごと、シルフィスはそれを笑って受け取る。
声はやはり少し掠れていて、心の片隅が僅かにざわついた。
「なあ、この後、」
「シルフィスー」
シルフィスが飴を口に放り込むのを待って、誘いを向けた時、横合いから呼ぶ声が掛かる。
「え?あ……ガゼル、ごめん!」
二人そろって視線を訓練場の入り口へと向け、そうして親友は話を中断することを詫びてそちらへ駆け出していった。
窓から差し込む光を弾く長い金の髪が、余韻を描いて離れて行く。蒼い髪の男の下へ。
王宮の筆頭魔導師。どちらを優先すべきかなど、考えるまでも無い。
―――飴色の、瞳を持った。

ポケットに手を突っ込むと、残った飴がかさかさと音を立てる。
健康の不調さなど全く自覚していないようなのに、長く戻らない喉の違和感。
手の中に包んだ大好きなそれを、床にぶちまけたい気持ちが込み上げるのを、見て見ぬ振りをした。
待っていても無駄だと踏んで、もう一方の入り口へと向かう。
窓の外は雲ひとつない青空が広がっている。街に繰り出すのも悪くない。


上手くやれよ。
そんな言葉も呑み込んだまま。


End.


2005.01.07 颯城零
初恋未満で終わる恋
シルフィス、あの声だと女性化するにも声変わりがありそうかなとか