95.種 ◆戻
「あんたって、案外分かりやすいよな」そう言って笑った声に「何がですか」と返して、その返答に僅かに混じった不満の色へレオニスは自ら内心舌打ちをした。 目の前の男ほどではないとは言え、そうたやすく内心を読ませるような言動をした覚えはない。そんな事がいつの間にか自負にでもなっていたのだろうか、くだらない事だ。 案の定シオンは一層楽しげに身体を震わせ、グラスの中で琥珀の液体が波紋を描いた。 「苦手も嫌いも無いような顔をしているから、逆に浮き立つ」 種明かしはあっさりと、目の前を彩る様々なフルーツが盛られた皿を指さす事で行われる。 正確には、其処に在るたわわに粒を付けた葡萄。 「さりげないんだけどさ、他を全く避けない分」 いくらかの皮と種は全てシオンの傍にあった。 レオニスは僅かに眉根を寄せる。シオンは気にした様子もなく、弾力のある葡萄の粒を一つ摘んで、房より切り離す。 「―――俺も」 そうしてちらりとレオニスへ、伺うように飴色の瞳を投げて寄越した。 すぐに会話を混ぜてひっくり返すくせに、人のことはよく見ている。 ろくに仕事もせず周囲中を巻き込んで騒ぎを起こし、本人はどこ吹く風の根無し草。 そんなシオンの姿が表向きであることはもとより承知の上だったが、それでも好意的な目で見よと言うには、あまりにも感心出来ぬ態度であった。かつてのレオニスにとって。 確かに、自主的にその本質に近づこうとは思いもしない程度には。 「食わず嫌いです」 「へぇ?」 「でなければ、今此処で貴方とこうして飲んではいないでしょう」 「それは、まあ」 歯切れ悪くシオンは相槌を打つ。 強引に食わせ慣れさせたようなもんだし、とでも思っているのだろうか、強引には違い無かったが嫌ならばレオニスに拒否する機会と手段などいくらでもあったというのに、シオンはこういうときに変に遠慮がちだ。 「じゃ、コレもか?」 房よりもぎ取った葡萄の粒は瑞々しく濃い紫色の肌を水滴で濡らしている。 「……笑いませんか」 その言葉には何の抑止力も無いと分かっていて、それでもつい、ばつの悪さを含んでレオニスは肯定を示した。 食わず嫌いはとはつまり、自分で確かめもせず先入観で嫌っている事に他ならない。 「その小さな種を」 「種?」 「飲み込んでしまったら、腹で芽吹くと思っていたのですよ」 幼い頃に誰かに吹き込まれたか、自分で想像した結果思いこんだのかは、レオニスにも既に定かではない。 大きな種ならいい。その小さな小さな種を、上手く出すことが出来ずに飲み込んでしまったら、そう思うと恐くて食べられなかった。 もちろん、それが杞憂であることはとうの昔に分かっている。それでも、植え付けられた苦手意識は簡単に消えるものではなく。 食べるでも無く指で葡萄の粒を弄んでいたシオンが、やはり耐え切れぬように喉を鳴らす。 「じゃあ、俺も生えたりしてな?」 人が悪く細められた瞳も笑っている。グラスから離れた指が、笑みの形作った自らの唇をなぞる。 「は?」 「腹から。ほら、飲んでるだろ?」 お前の。 「……」 もう一度何の事か問い返そうとして、不幸にもシオンの言いたいことを解したレオニスは、一瞬の間にたっぷりと殴るべきか、手にしたグラスの中身をその頭上にひっくり返すべきか悩んだあげく口を開いた。その逡巡は珍しいものではなかったが、こればかりは自らを誉めるべきだろう、実行に移されたことは一度もない。 「……認知致しますよ」 「とうとう、そう言う切り返しをするようになったか」 「おかげさまで」 さらりと応えて見せたが、シオンはもう箸が転がっても笑えるらしかった。 後悔したがそれは言わない方がいいだろう。 グラスの中で浮かんだ重なった氷が形を崩して溶け込んでいく。 円を描くようにグラスを揺らすと、ランプの光を写し込んで、琥珀がテーブルにちらちらと揺れる。そのまま運ぼうとした口元にグラスの縁が触れる前に、先に弾力のある感触が押しつけられた。水滴が唇を濡らす。 「食ってみろよ」 楽しむようなシオンの飴色は、しかしもう笑みの温度を失っている。 僅かに唇を開き、その粒に軽く歯を当てる。押し出すシオンの指の圧力も加わって、瑞々しい果実はあっさりと口内へと落ちた。 噛み砕くと広がる甘酸っぱい果汁と、小さな種。 小さく、それでも確かに存在を示すそれと、喉を潤す甘い蜜に瞳を眇めたレオニスに、 「甘かったか?」 満足げに囁いた。 End. 2005.03.07 颯城零 種云々は私の幼い頃の妄想です。でも好きです葡萄 下品でごめんなさい……! |