Determination



 あの若者の必死な面を、今でも覚えている。



 ふらり、と出た中庭。シオンは視界を横切ったひとつの煌きにつられそちらに目をやった。

 植え込みの合間をすり抜けるようにして、進むその姿は、金の縁取りで輝いているようであるそれに映える白い涼やかな衣装。王宮でこの色彩を有する人物といえば、ただ一人しかいない。

「シルフィス?」

 今年の春、騎士になったばかりの若者。クライン初の女性騎士の肩書きを持つ、その人。

 シオンは何気なく彼女を目で追う。さらりと冷たい空気に舞う金糸は、陽の光に淡く輝き、現実のものではないようにさえ見える。
 背中に流れる美しい輝きと、白い清々しい騎士の服。その二つが生み出すコントラストはどこまでも凛々しく、清潔な雰囲気を醸し出す。まるで、その姿をするために生まれてきたような、そんな錯覚すらも喚起させる。

(どこにいくんだ?)

 彼女が王宮にいることはなんら不思議なことでも、珍しいことでもない。騎士として王宮の警護にあたることもあり、実際、一緒に王宮で仕事をしたこともある。

 しかし、今シオンが不思議に思ったのは、彼女が進んでいく先である。王宮の建物に向かうのならばわかるが、彼女の足は少しだけ逸れた方向、建物の横のほうへと向かっていたのだ。

 少女の奇妙な行動。真面目で素直な性格な彼女の行動など、だいたい見通すことができる。しかし、今の動きは、とても想像できるものではなかった。

 どこに向かうのか、その好奇心と不安とが混ざり合う気持ちにつき動かされ、シオンは少女の後を追う。

 しかし、ほどなくして少女の足は止まった。そこは中庭のはずれ。建物の横にちょっとしたスペースがあり、普段から人気の無い、王宮の中でも閑静な場所である。

 少女はそこで立ち止まると、何かを探すかのようにきょろきょろと周囲を窺う。こちらを向いた瞬間、シオンはとっさに物陰に身を潜めた。途切れた回廊の円柱の影に隠れ、少女の姿をじっと見つめる。

(こんなとこで・・・・・・どうしたんだ?)

 出て行って問いかければいいのだろうが、少女のどこかそわそわしたところがただ事ではないように思え、それも憚れる。とりあえずしばらく様子をようと、シオンは観察するようにその姿を追った。

 と、こちらに背を向けた少女が、何かに気付いたようにその動きを止める。彼女の視線の先を見やると、建物の影から一人の青年が姿を現したのだ。

(ん?・・・・・・あれは・・・・・・)

 白い丈長の外套、蒼みを帯びたプラチナの髪、歩き方すらもどこか品位を感じさせる。その青年に見覚えがあった。いや、見覚えどころではない。あの歩き方、あのシルエット、間違いない。自分が見間違うわけが無い。

 白い装束に身を包んだ、その青年。彼こそ、この国の皇太子であるセイリオス=アル=サークリッド。何故、彼がこんな王宮のはずれに、身を隠すようにして現れたのか・・・・・・・・・。

(・・・・・・ああ・・・・・・)

 しかしその疑問もすぐに払拭される。
 セイリオスはシルフィスに歩み寄ると、これ以上な甘い笑顔で少女に話しかけた。声はここまでは届かないため、会話の内容はわからない。だが、だいたいのやりとりは想像できる。待ち合わせをする恋人同士のやり取りなど、想像に難くないのだ。

 そう、セイリオスとシルフィス、この二人は恋人同士の関係にあるのだ。しかし、一般には知られていない。秘された恋。皇太子と騎士の恋など、王家の大スキャンダル以外のなにものでもない。シオンとしては、この恋はおもしろいものではなかった。王家を、皇太子を守る者として、そして少女に想いをよせる一人の男として・・・・・・。

(んとに女々しいな、俺ともあろう者が)

 自嘲げに笑い、軽く頬を掻く。

 それでも、二人を引き離そうと思うこともなかった。この二人が互いを意識する以前は、二人の関係が発展しないよう気を遣ったことはあった。けれど二人は、それでも惹かれあい、想いを交し合ったのだ。二人が共にいることを選んだ以上、シオンに反対することなどできないのだ。どんなに邪魔をしようとも、横槍をいれようとも、お互いがお互いを必要としている、それがよくわかったから・・・・・・。

 セイリオスは昔から孤独であった。優秀な部下に囲まれていても、家族に囲まれていても・・・・・。それは自分の出生の秘密が重くのしかかっていたため。それが家族との間、部下との間にも見えない壁、囲いを作り出していたのだ。
 その所為かセイリオスに何かに執着する、何かを強く欲しがる、という感情を見受けることがなかった。そして「支え」を自分から欲しがることもなかった。孤独により、更なる孤独へ自分を追い込んでいたのだ。それは常に傍らにいたシオンだから見えていたもの。セイリオス自身ですら気付かない、深い、闇。

 そのセイリオスが初めて、「欲しい」と言ったのだ。たった一人のアンヘルの若者を。自分のものにしたいと。そして彼女が自分の「支え」になるのだと、そう、望んだのだ。

 孤独の殻からあがきながら這い出した、セイリオス。そこまでして一人の少女を求めた。これでセイリオスが救われる、そう思ってしまえば、二人の仲を認めるしかなくなってしまう。

 そしてシルフィス。シルフィスもセイリオスの孤独と深い闇を、知らず知らずのうちに感じ取っていたのかもしれない。そんな彼の側にいたいと望むようになり、そうして彼に惹かれ、女性へと分化した。セイリオスのためだけに。好きなった人物がそこまで相手に惹かれるのなら、もう奪うことなどできるはずがない。手に入らなかった花、ならば、見守るくらいしか自分にはできないのだ。幸せになるように、と。

(あーあ、我ながら殊勝なこったぜ)

 昔の自分ならば奪うことも考えただろう。けれど・・・・・・そうすることで誰も幸せにはならないのだ。自分が幸せを願う二人は特に・・・・・・。
 そして、あの日のシルフィスの、必死な面が脳裏にちらつくのだ。二人の仲が急接近し、お互いの想いを自覚しはじめるきっかけとなった、皇太子暗殺未遂事件。あの日の少女の顔が・・・・・・。

 血にまみれたセイリオスを抱き寄せ、自らも血にまみれていたあの必死な表情。誰よりも必要とする者の命が失われるかもしれないというあの場面。あの場で、少女は泣きながら必死にセイリオスにすがっていた。あの顔を思い出すと、シオンは少女に手を触れることさえできなくなってしまう。

 記憶の海を漂っていたシオンは、ゆっくりと頭をあげ、ひっそりと逢瀬を交わす恋人達を見やった。二人はお互いのぬくもりを感じあうように抱き合い、ずっとそのままでいる。

(早く・・・・・・シルフィスを王宮に迎えてやらねーと、だな)

 シオンは二人に背を向けると、ゆっくりと瞼を閉じた。

 あんな風に、人目を避けてこっそりと会うこと、それがとても幸せなことだとは思わない。だから、早く、進めなければならない。シルフィスを王宮に招く算段を。

 その道はとても険しく、時にはシルフィス自身を傷つけることになるかもしれない。王宮の、汚れた部分に晒すことになる、それはわかっている。それでも、こうして隠れて、限られた時間にしか会えないことよりも、堂々とセイリオスの隣りで微笑んでいられることのほうが、よっぽど幸せなことなのではないだろうか。

(それに、あいつなら、大丈夫だ)

 どこか儚さを持つ少女。けれど彼女にはどんな壁をも乗り越えることができる真っ直ぐな精神力がある。それは誰よりも強く、誰よりも高潔な、魂、想い。彼女はそれを持っている。だから、きっと、乗り越えられる。どんな困難も、苦しみも、痛みも・・・・・・。だから、セイリオスはそれを必要とし、また彼女に惹かれたのだ。自分と、同じように・・・・・・・・・。

(よっし、気合入れねーとな)

 彼女を信じているから、そしてセイリオスを信じているから、自分は動くことができる。

 胸の奥深くまとわり着いた淡い想いを振り払い、シオンは瞼を開け、まっすぐ前を睨むように見つめた。


 大事な、目の放せない二人だから。願ってしまう、その幸せを。
 そして、彼は動き出す―――。




End.

[ 破璃の宮 ]の水風流人様から頂きました!
セイシル←シオンです。しかもシオン視点ですよワーイ!
それでもセイリオスやシルフィスに対する態度には出さないんだろうなあとか思うと
萌えますね……!
ありがとうございました!