大切な人だから

あき様より(2000/2/21)


大切な人の幸せが、こんなに嬉しいのに、こんなに切ないのはどうしてだろう


五月のある晴れた日。神殿の控え室にて。
「わー!きれーい!!」
隣の部屋から現れた花嫁に、メイとディアーナは歓声をあげた。
花嫁は両手で白絹のドレスの裾を持ち上げ、軽く首をかしげて微笑んだ。手には二の腕まで届く長い手袋をはめ、開いた胸元にはあえて何もつけずその白磁の肌を覗かせている。金の髪には白い小花が散りばめられ、そこから腰までふんわりとレースが流れていた。
「ほぅ…まるで妖精みたいですわ」
ディアーナはうっとりと呟いた。
「いつも綺麗だと思っていましたけれど、やはり花嫁姿は特別ですわね」
「うんうん。女の子でも惚れちゃうよー」
親友二人がきゃいきゃい喜んでいる中で、シルフィスは静かに微笑んでいた。その新緑を思わせる瞳はどこまでも澄んで、華奢な肩は彼女がクライン王国の騎士であることを忘れさせる。
女性に分化してから四年。最初の頃は戸惑ってばかりで、色々な失敗をしていた。メイが女性の生活全般に関して教えたりもした。騎士という立場上、女性に分化して不利なことも多かっただろう。
メイはシルフィスの横顔を見て思う。
でもそんな辛い思いも、補ってあまりある幸福を手に入れたのだ、と。
口には出さない喜びがそれでも身体の奥に閉じ込めきれずに、ふつふつと湧き上がっている。喜びが肌から滲み出して、より一層輝かせている。
それが、よくわかるから。


「ねー、シルフィスー」
先ほどから何も言わないシルフィスを、メイが覗き込む。
「逃げるなら今だよ?メイさんがお手伝いしようか?」
「そうですわ、シルフィス!今ならまだ間に合いますわよ。」
二人の冗談とも本気ともつかない言葉に、シルフィスは困ったように微笑む。
「やっぱり……ずっと言わなかった事、怒ってます?」
「あったり前じゃーん!うちらに何も言わずに付き合って、結婚決めて!」
「全く友達がいがありませんわ!」
メイもディアーナもぷんと頬を膨らませて、シルフィスを軽くにらむ。三ヶ月前いきなり「結婚する」といわれたときの衝撃は、ただ事ではなかった。
「なーんてね。」
メイはぱちっとウインクして見せた。
「怒ってないよ。ちょっと寂しかっただけで。でもね、逃げたかったら遠慮なく言いなよ?」
「こーら、なにそそのかしてんだよっ」
がしっと背後からメイの頭が掴まれる。
「げっ、聴いてた?」
「ったりまえだ。俺は地獄耳だからな。」
振り返ると相変わらず意地悪な笑みを浮かべたシオンがいる。その長身で白い礼服を着こなし、いつも高いところで結っている蒼髪を下のほうでまとめていた。女性ならば見とれずにはいられない。
だが免疫の出来ているメイは、みとれる代わりにびしっと指をつきつけた。
「そそのかしたんじゃなくて、最後の忠告をしていたのよ。友人としては止めるのがスジでしょう。」
「どんなスジだよ」
シオンは苦笑しながら、シルフィスに視線を向ける。メイもつられてシルフィスを見た。
花嫁の翠の瞳は、優しく四つの琥珀色の瞳を受け止めた。
「……幸せにね」
「ん?」
メイの呟きが聞き取れなかったのか、シオンがたずねる。
「なんでもない。そろそろ席につかなきゃ。いこ、ディアーナ」
「え、ええ」
ぱたんとドアを閉め、メイはずんずん廊下を進む。後ろからディアーナが呼び止めるのもきかず。
「ちょ、ちょっとメイ!待ってくださいませ。…メイ?泣いていますの?」
メイはふるふると首を振って、追いついてきたディアーナにしがみついた。
「シルフィス、幸せそうだったね」
「ええ」
「シオンも、見たことないような表情してた」
「ええ」
「あんなに幸せそうなシルフィス、初めて見たよ」
「…ええ」
「ディアーナ…泣いてるの?」
「…メイだって」
ずるいよ、シルフィス。私達とどんな楽しい事をしているときだって、あんな笑顔見せてくれなかった。
ずるいよ、シオン。あんなに哀しいくらい優しい表情できるなんて、教えてくれなかったじゃない。
大好きな、大好きな二人。
どうか、幸せに。


小説トップへ戻る ホームへ