64.破壊 ◆戻
※「19.鍵」の続きっぽい 最近シルフィスは毎日のように仕事が引けては現れ、もしくはシオンが居なければ部屋の隅に居座り、転寝をしていく。決して邪魔はしない。部屋のものに触れることもない。シオンが居てすら、余計な会話一つ無い。 「うーーーん」 書類の山を前にシオンは唸っていた。 とはいえ、書類に難題があったわけではない。 「意識してくれてんのは確かなんだがなあ……」 意識は既に書類にあらず。ペンを持つ長い指が無意識にくるくると書類の上に線を描いた。 「いい加減、夢じゃなくて現実の俺に目を向けてくれないかねぇ?」 半ば自業自得と言えなくもなかったが、そんな関係もまた楽しい、なんて暢気なことを言っていられたのは最初の頃だけだ。 シオンに対する頑なさは一向に軟化する様子はなく、そのくせ極めて無防備にシオンの前で毎日のように寝顔を見せる。 これを苦行と呼ばずして何と呼ぼうか。 実は誘われてんじゃないだろうか、とか、シルフィスに限ってありえない自分に都合のいい考えすら過る始末だ。 ぐりぐり。自らの思考に沈むシオンの目の前の書類に更に線が増える。 先程アイシュが「重要書類なんですから、早くしてくださいね~」なんて言って置いていったものだったりするのだが、無意識の内に燦燦たる落書き用紙になりつつあった。 まさか自分が色恋沙汰でこうもてこずるとは、本人はおろか誰が想像したであろうか。もっとも、それを周りに気付かせる程愚かではないし、気付かれたところで「いい気味だ」と思われるのが関の山だろう。 特に誰とは言わないが、友達甲斐のない親友だとか、その妹だとか、魔法研究院の堅物だとか、異世界からの客人だとか。 紙の上に叩きつけるようにペンを転がすと、転々と書類の上にインクが散る。 「あー!今日こそガツンと……!」 バン! 決意も固く握り拳を作って席を立ち上がると同時に、派手な音を立てて執務室の扉が開いた。 「お……?」 思いっきり出鼻を挫かれて、拍子抜けしたような瞬きをしながら瞳を向ければ当のシルフィスが白い騎士服を着て立っている。手にはどこぞで貰ったのだろうか、見事な真紅のバラの花束がある。 白い騎士服に流れる金糸、紅。自分以外から花というマイナスポイントは差し引いても、十二分に目の保養となる鮮やかさ。 「よ、シルフィス。珍しいな、お前さんがノックもせずに。今日も相変わらず綺麗……」 既に条件反射のように笑みを浮かべ(そりゃ好きな相手に会えば笑顔にもなるってもんだ)かけた声は、挑むような瞳に射抜かれて言葉を無くした。 もともときつめの美人だ。分化も間も無く、性別の匂い乏しいシルフィスがきりりと背筋を伸ばし、騎士服に身を包み、強い光を放つ瞳で真っ直ぐに射抜けば時折有無を言わせぬ男前さがある。 それこそ、男であれば幾多の女性がもう好きにしてくれと身を投げ出さんばかりの。 (いやーもう俺も投げ出したい……じゃなくて) 「……シルフィス?」 気圧されたように名を呼ぶと、入り口に立っていたシルフィスが無言でずんずんと近づいてくる。ここ最近の様子とは明らかに違う気迫を感じて思わず僅かに後ずさるも、シルフィスは構わず真前まで来て足を止めた。 「シオン様」 「はいっ」 まるで敵を見据えるかのごとく見上げられ、腹の底から出したかのような低い声呼ばれ、シオンは反射的に背筋を伸ばして向かい合い、かしこまって返事を返す。その腹のあたりに、ばさりと花束が押し付けられた。咄嗟に手を上げてそれを受け取る。 「幸せにしますから」 「……し、シル……?」 「私と結婚してください」 「は……?」 「お嫌ですか?」 「い、いやいやいや、そうじゃなくてだなあ。そりゃもちろん渡りに船っつか、」 「ありがとうございます」 「ちょっと待ったー!!」 まるで任務を伝え終わったかのように相好を崩さず一礼し、そのまま踵を返そうとしたシルフィスの腕を花束を持たない方の手で慌てて引き止める。 一度逸らされた視線は既に伏目がちに長い睫の落とす影に隠され、射抜くような光はもうない。 「落ち着いて話しようや。な?俺がシルフィスを好きだってのはそりゃ前々から伝えてたが、お前は頑なだったろ?それが……どうしたんだ急に」 動転している自覚がシオンにはあった。だから自分含め極力言い聞かせるように言葉を紡ぐ。シルフィスは俯いたまま、顔を上げない。 「……だって」 「だって?」 「だって、シオン様は、数多の女性と本気の恋をして、そしてお別れしてきたのでしょう」 「……」 ……身から出た錆とはこのことだ。 女官との別れ話を見られたときに、そんなことも言ったような気がする。もう全く持って、口からでまかせだったりしたわけだが、覆水は盆には返らない。零れたミルクは……そんならちの無い言葉ばかりが頭を過ぎる。 「私もそうなのかと思って」 「いや、それは、」 「私も他の方のように、シオン様を好きになってしまえば、そうしたら、シオン様は私に飽きるんだと」 「や、だからな、」 「でも、そう思っていくら戒めても、それで惹かれる気持ちが止まるなら、誰も苦労しなくって、そんなことぐるぐる考えて」 「シルフィス」 「それならもう、思い悩むより、結果がどうであれぶつかった方がいいじゃないですか」 俯いたまま一気にまくしたてたシルフィスは、そこで気が抜けたように息を吐いた。張り詰めていた緊張と共に。 「飽きたりなんかしない」 「……嘘です」 俯いていても、その頬が朱に染まっているのは見て取れる。 金の髪の合間で、若葉色の瞳が迷うように揺れている。匂い立つ美貌と称される、アンヘルの特徴そのままに。でも、シオンが本当に惹かれたのはその美しい外見ではない。 ああ。 こんなに愛しい存在が其処に在ることが嬉しい。 「いやー…、だってさ、こんなに熱烈な告白されるんじゃ、俺は惚れ直しっぱなしだ」 「……っ、それは!」 ちょっと甘さが足りないけど、とからかうように笑みを浮かべて覗き込む。先程までの鋭さなど微塵もない、泣きたいのか、照れているのか、怒っているのか、拗ねているのか、嬉しいのか……どれも正解でどれも間違っているだろう、そんな表情でシオンを見返す。 悩んだ挙句玉砕覚悟で告白なんて事はまあありえないことでもないが、動機は普通でも、行動が尋常じゃない。飽きるわけが無い。 「俺を幸せにしてくれるんだろ?」 手に持った薔薇の花束を軽くを振ってみせると、シルフィスはようやく小さく笑みを浮かべた。 「責任重大ですね」 「かなり無理難題の部類だな」 「……二言はありません」 迷い無く言い切るシルフィスはどこまでも男前だ。思わず声を上げて笑ってしまった。 「帰ります」 「帰れると思うなよ」 真面目な言葉を笑われて、憮然と踵を返そうとしたシルフィスをしかし、掴んだままの手首を引き寄せる事で阻止する。シルフィスは一瞬息を飲んで、困ったように笑った。 「覚悟の上です」 全てを。 そうでなければ、それだけの覚悟がなければ、シオンを抱え込む事は出来ないのだ。 たとえそれが想像以上に困難でも。 前言撤回。 時折じゃない。いつでもシルフィスは男前。 触れあった体温は言葉より短く。 「……甘いな」 「足りないんじゃなかったんですか……」 End. 2005.02.15 颯城零 かわいそうなのはアイシュです シルフィスからのプロポーズ話見たこと無いなーと 管理人掲示板で殴り書きした没る気満々なワンシーンを加筆訂正 シオンの深淵な部分が全然書き切れてない。いつものこと |